カテゴリ : 日記
「本当に重要なのは、時間が経っても衰えない要素、つまりテクニックに集中することなんだ」(byヘンリー・エイキンス)

「僕がいつも言うのは、“たった5%の力で、他の人間を支配できるか」
「柔術に存在する膨大な技をすべて習得する必要はない」
「必要なのは、少数の技を極めて、圧倒的なレベルで使えるようにすること」(byヘンリー・エイキンス)
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「ヒクソン・グレイシーの伝説的黒帯が語る
「たった5%の力で相手を支配できるか? それが目標だ」
クラウディオ・マーティン 2026年8月24日
ヒクソン・グレイシーの黒帯、ヘンリー・エイキンスがジョシュ・マッキニーのポッドキャストに出演した際、話題は、年齢を重ねたグラップラーなら誰もがいつか直面する問題へと移った。
身体が思うようについてこなくなったとき、どうすれば上達し続けられるのか?
エイキンスは、柔術界でも伝説的な存在であるヒクソンと何十年にもわたって練習してきた経験から、その答えを語った。
「僕がいつも言うのは、“たった5%の力で、他の人間を支配できるか?”ということなんだ」
エイキンスにとって、それこそが「技を極める」ということだ。
「それが目標だろ?
ほとんどの人には想像もつかないことだと思う。なぜなら、多くの人は“学ぶこと”ではなく、“勝つこと”ばかりに集中しているからだ」
エイキンスによれば、多くの柔術家は結果を出すことを優先し、技を洗練させる代わりに、筋力や爆発力を使って無理やり技を成立させようとする。
「筋力やパワーに頼るということは、常に正しい技術を補っているということなんだ」
そうしたやり方でも、短期的には勝つことができる。しかし、長期的な成長には限界が生まれる。
「筋力、パワー、フィジカルだけを使って練習していれば、確かにある程度のレベルまでは行ける。
でも、その先のレベルには絶対に到達できない」
エイキンスによれば、パフォーマンスは大きく二つの要素から成り立っている。
「フィジカル」と「テクニック」だ。
フィジカル能力は、年齢とともに必ず低下していく。
しかし、テクニックは年齢に関係なく、いつまでも向上させることができる。
「本当に重要なのは、時間が経っても衰えない要素、つまりテクニックに集中することなんだ」
その証明として、エイキンスはヒクソン・グレイシー自身の例を挙げた。
50代になったヒクソンは、複数の椎間板ヘルニアを抱え、さらに股関節や肩にも問題を抱えていた。それにもかかわらず、ほとんど練習していない状態で、非常によく鍛えられた黒帯をわずか数分で極めたという。
「その黒帯は、すでにマルセロ・ガルシアを限界近くまで追い込めるほどの選手だった。
それなのに50代のヒクソンは、ほとんど練習しておらず、しかも身体中にケガを抱えていたにもかかわらず、あっという間に彼を仕留めてしまったんだ」
さらにエイキンスは、柔術に存在する膨大な技をすべて習得する必要はないと強調する。
必要なのは、少数の技を極めて、圧倒的なレベルで使えるようにすることだ。
彼は、世界選手権5度優勝のベルナルド・ファリアとの会話を振り返った。
ファリアはこう語ったという。
「僕が本当に得意なのは10個くらいの技しかない。でも試合になったら、相手を必ずそのポジションに持っていくんだ」
特に年齢を重ねた柔術家に対して、エイキンスは二つの練習方法を勧めている。
ポジショナル・スパーリングとフロー・ローリングだ。
ポジショナル・スパーリングは、それぞれのポジションでの対応力を高めながら、予測不能なスクランブルを減らすことができる。そのため、ケガのリスクも抑えられる。
一方、フロー・ローリングでは、身体の緊張や筋力への依存をできるだけ取り除いて練習する。
この二つの方法によって、身体への負担を抑えながら、本当に重要な技術を磨き続けることができるとエイキンスは語っている」
https://bjjdoc.com/2026/08/24/legendary-rickson-gracie-black-belt-goal-is-to-dominate-another-human-using-only-5-can-you-do-that/
納涼懇親会^_^
OUT老へ(笑)
最重要の基本は「立ち方」
「流派門派ではなく、個人次第である」by宮平保
「結論から書きますと、武術は生き物ですので「流派門派ではなく、個人次第である」に尽きます。
生き物と表現したのは当人が望むように育つという意味で、もし最優先が中国的表現でいう健身、日本的表現でいう自己鍛錬や健康目的、あるいは伝統文化としての継承や自身の心の拠り所である場合は、当然ながらその目的通りの武術に育つ事は言うまでもありません」
「マイク・タイソン氏や井上尚弥選手が、もしボクシングにフィットネス目的で取り組んでいたならば、当然今日の彼らの姿はありません。
ボクシングという手段”が勝手に彼らを強くしたのではなく、強くなったのは彼らの身体能力や強靭な意志以外の何物でもありません。
(中略)ここでは流派門派が強い武術家を育てる訳ではないと強調する意図から書いている点はご理解ください」
「価値観に優劣や順位はありませんので、武術を学ぶ目的が「強くなる」でなくとも問題はありません」
「入門者が「強くなりたい」を目的とするならば、熱意のある者ほど生涯の時間を費やす事になりますので、練習を続ければ自ずと「強くなれる」と誤解させないよう、きちんと説明する必要があると考えています」
「個人的に望むのは曖昧さの徹底排除です。
曖昧さは善意に解釈すれば武術のロマンを生みますが、現実においては怪訝、眉唾......いわゆる胡散臭さとなります。
曖昧さの放置は「名門直系を長年学んだ自分は(弟子志願者から見たら、その先生は)弱いはずはない」といった勘違いや陶酔が生涯続く••••・という状況を生む」
「人生は後戻りできない。自分が多くの時間を費やし、信じてきた武術に対して現実はさておき…自己肯定するしかない......。その自己肯定と先人の伝説的エピソードを織り交ぜた謳い文句を鵜呑みにしてしまう(あるいは鵜呑みにしたい?)
入門希望者は、そこに時間とお金を使い続ける・・・・・という悪循環が起こります。それはシンプルに悲劇であり、『名人達人』という武術好きな人間たちの希求、渇望を見事に突いた歪みの連鎖を生み、武術独特の悪しき慣習をさらに野放しにする事になります」
「中国留学中には千名を超える武術関係者と接してきましたが、実際に強いと感じた武術家は十名くらいでしょうか」
〜実際に強い陳さん、周さんのエピソード披露後〜
「皆様の中には「陳さんの家
伝武術は凄い!それは一体、何という門派だろう?」と気になる方もおられるかと思います。しかし、ここはあえて失礼を承知で…その家伝武術はあくまで“ツール"であり、一人の人間として「強さ」を追求し、地道に功夫を積まれてきた陳さん個人が強かったにすぎないという点は、よくよくご理解いただきたいと思います」
「重要な事なので改めて書いておきますが、かつて武勇伝を誇り、名門といわれる門派の直系の修行者たちとは私自身少なからず接しており、また八極拳の修練者たちが散打選手との実験試合で簡単にKOされる場面も幾度となく見聞しており、この周さんの「強さ」は彼個人…西洋格闘技のボクシングに対しての造詣も深く、徹底して「強さ」を追求していたからこそだという点は何よりも強調しておきたいと思います」

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身も蓋もない話かもしれないが、柔術をやっているすべての人がヒクソンではないし、ボクサー全員が井上尚弥やタイソンではない。彼らの強さは「個人」が修練し続けた結果にすぎないのだ。
李書文や武田惣角、劉雲樵や植芝盛平、佐川幸義然り。
あまりに素晴らしい内容だったので買ってしまった(笑)。
共感するから読める。自身の身体を通じて相手を観る
it's simple.not easy
やはり馬歩が特異点^_^
勁力(加工した力)の理解が進み、馬歩と弓歩で崩しが立体化した♪
それで勁力を検証していて、そもそも馬歩がなければ勁力を理解できないことに気づいた。
馬歩も伊藤先生に指導受けなければ、私は絶対に気づけなかったと断言できる(笑)。
だから、私のキャリアの一つの特異点は馬歩と言える。

写真は伊藤先生と私の馬歩。姿勢にあきらかな違いがある。いまはこの差を理解できる。大きなのは横隔膜の操作。肋骨も肩も力を抑え込めていない。
it's simple.not easy
もちろん馬歩もすべてを理解できたわけではない。進化は深化なのだ^_^
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「馬歩や弓歩は基本の力学を身につけ、理解させるものだが、実戦ではこれにこだわることはない。しかし、馬歩や弓歩から入らなければ武術ではない」(by劉雲樵)
「体ができていなければ技はできない」(by佐川幸義)

ホワイトベルトクラスはリクエストに応じてクロスフェイスへの対処とスイープをナビゲート。スパー40分。
パーソナルはノーギスタンド四つ組からコネクションを研究。コネクション(つながり)には視覚系と触覚系がある。アームドラッグは触覚系だが、同じ動きで視覚系のナイフディフェンスもできる。ナイフディフェンスは功朗法の横山先生に習ったものをベースに工夫している。
この本は大東流合気武術の巨人故佐川幸義師範の技術的口伝を紹介したもので気に入っている。
「体ができていなければ技はできない」(by佐川幸義)
体が動かなければ技を習っても表現できない。中国武術伊藤先生やピラティスmarico先生との練習を通して自身がいかに動けないかを痛感している。
佐川幸義師範の「合気」は「合気揚げ」にヒントがあるという。それで私のテーマは「浮かせる」。馬歩はもちろん精妙なコントロールを加えている。これは「やぐら投げ」からもヒントを得ている。
色々と種目は違っても人間技なので共通項は多いのだ。







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