私は柔術を大枠に捉えています。それは健康法であり呼吸法であり身体操作法である。対人武術なので他人と調和することや場の雰囲気を読めるようになります。
柔術の成立を考えますと競技会では反則とされる外掛けヒールホールドやバスターはもちろんのこと、あらゆる打撃攻撃にだって対応できなくてはいけません。
それもこれも全部ひっくるめて柔術だと私は思っています。

閑話休題。
昔話に大きいものを食べた和尚の話を聞いたことがあります。
和尚のもとへ大きいものを食べた自慢の者が集まり自分は「こんな大きな魚を食べた」とか「〜を飲んだ」と競うわけです。あげく「海の水を飲み干した」とかエスカレートしていっても和尚が一言、同じ言葉を繰り返すだけで自慢の者達はすごすごと引き上げていったそうです。

和尚は

「そういうお前をわしは食べた」



ヒクソングレイシーはクロストレーニングをしないといいますが、しないのではなくそれをクロストレーニングと思わないが正解ではないでしょうか?

柔術の中にすべてがある
ヒクソンはそんな風に感じていると思えてなりません。
私はヒクソンのそんな考え方が好きなのです。

私はヒクソンがいたから柔術を始めたいと思った。NBJCの仲間やバルボーザがいなければ続けられなかった。I師匠から武術の視点を拓いてもらった。Y先生から護身術を習った。O師範から古武術を、他にもヨガやシステマの講習も受けている。
けれど私はクロストレーニングと思っていない。なぜなら私の中でそれらは一つだからなのです。
それが私の考える柔術です(o^-')b